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IoT関連技術に関する特許審査事例について(NL002)

IoT関連技術に関する特許審査事例について(NL002)

林・土井国際特許事務所

 近年、IoT(Internet of Things)関連技術が様々な分野に適用されています。従来、ソフトウエアや通信と関連の薄かった企業も、開発競争を繰り広げており、IoT関連技術に関する発明が増加しています。IoT関連発明は、重要な知的財産として、多くの企業の競争力の源泉となるほか、経済社会にイノベーションをもたらすことが期待されています。これに伴い、IoT関連発明の出願が増加することが想定されます。

 そこで、特許庁は、IoT関連発明について適切な審査を行うために、平成28年9月と平成29年3月に、審査基準にIoT関連発明に関する事例を追加しました。

 このスライドでは、以下の事例をピックアップして簡潔に説明致します。

  • 発明該当性に関する事例
  • 新規性に関する事例
  • 進歩性に関する事例

 詳細は、以下のURLから公表された資料を御覧ください。

「産業構造審議会 知的財産分科会 特許制度小委員会 第10回審査基準専門委員会ワーキンググループ、資料1、IoT関連技術に関する事例の追加について」
https://www.jpo.go.jp/resources/shingikai/sangyo-kouzou/shousai/kijun_wg/document/10-shiryou/02.pdf

「IoT関連技術の審査基準等について 平成30年6月特許庁 調整課 審査基準室」
https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/patent/document/iot_shinsa/all.pdf

「IoT関連技術等に関する特許の審査事例の充実化, 藤崎詔夫, Japio YEAR BOOK 2017, 76-79頁」
http://www.japio.or.jp/00yearbook/files/2017book/17_1_04.pdf

「IoT関連技術等に関する事例の充実化?事例の概要と関連する審査基準の解説?, 山本俊介, tokugikon 2017.5.16. no.285, 32-42頁」
http://www.tokugikon.jp/gikonshi/285/285tokusyu2.pdf

 

1.発明該当性に関する事例 事例1(無人走行車の配車システム)

(1)請求項と発明の詳細な説明
 【請求項1】
配車サーバと、配車希望者が有する携帯端末と、無人走行車とから構成されるシステムであって、
前記携帯端末が、
  ユーザID及び配車位置(自分の位置)を前記配車サーバに送信する送信部を備え、

前記配車サーバが、
  ユーザIDに対応付けてユーザの顔画像を記憶する記憶部と、
  前記携帯端末から受信したユーザIDに対応付けて記憶された顔画像を前記記憶部から取得する取得部と、
  無人走行車の位置情報及び利用状態に基づいて、配車可能な無人走行車を特定する特定部と、
  前記特定された無人走行車に対して前記配車位置及び顔画像を送信する送信部と、を備え、

 前記無人走行車が、前記配車位置まで自動走行する自動走行部と、前記配車位置にて、周囲の人物に対して顔認識処理を行う顔認証部と、受信した前記顔画像に一致する顔の人物を配車希望者と判定し、無人走行車の利用を許可する判定部と、を備えることを特徴とする、無人走行車の配車システム。

括弧書きは、補足として追記

 発明の概要
 請求項1は、配車サーバがユーザIDと顔画像を関連して記憶しておき、ユーザからの配車要求に応じて、配車状況から配車できる無人走行車を決定し、決定した無人走行車にユーザの顔画像とユーザの位置を通知し、無人走行車が配置位置まで行き、ユーザの顔画像からユーザを探し出すシステムです。

 明確には記載されていませんが、無人走行者が配車位置及び顔画像を受信する処理が、IoT関連技術に該当すると考えます。

(2)解説
 発明は、「自然法則を利用した技術的思想の創作」である必要があります。言い換えると、発明が、ソフトウエアによる情報処理がハードウエア資源を用いて具体的に実現されている場合、具体的には、ソフトウエアとハードウエア資源とが協働することによって、使用目的に応じた特有の情報処理装置又はその動作方法が構築される場合、発明該当性があるとされます。

 事例1の請求項1は、無人走行車の配車システムという、無人走行車を配車することが目的の発明です。

 無人走行車の配車システムは、配車サーバ、携帯端末、及び無人走行車というハードウエアで構成されるシステムです。そして、各々のハードウエアが、ソフトウエアで実現される処理を行います。

(携帯端末:ユーザID及び配車位置を配車サーバに送信
 配車サーバ:無人走行車の位置情報及び利用状態に基づいて、配車可能な無人走行車を特定し、無人走行車に配車位置及びユーザの顔画像を送信
 無人走行車:配車位置まで走行し、顔認識処理を行い顔画像に一致する顔の人物を配車希望者と判定)

 このように、請求項1は、目的を実現するため、ソフトウエアとハードウエア資源とが協働した具体的手段によって実現されていると判断できる。よって、請求項1に係る発明は、発明に該当すると判断できます。

 

2.サブコンビネーションの発明の新規性に関する事例 事例2(ロボット装置)

(1)請求項と引用発明
【請求項1】
 物体に対して作用するロボット装置であって、
 物体を検知する少なくとも一種類のセンサと、
 当該センサの出力に基づいて物体に係る情報を得るための質問をサーバに送信する送信部と、
 前記質問に対する回答情報を前記サーバから受信する受信部と、
 受信した前記回答情報に基づいてロボット装置の作動を制御するプログラムを備えた制御部とを有し、
 前記回答情報は、前記サーバにより特定された物体個々の属性情報及び固有識別情報を含む、ロボット装置。

 発明の概要
 請求項1は、作業対象の物体を検出し、物体に関する質問をサーバに送信し、サーバから回答を受信し、回答に応じてロボット装置を制御するロボット装置に関する発明です。なお、回答には、作業対象となる物体個々の属性情報及び固有識別情報を含みます。
 ロボット装置がサーバに対して質問を送信し、サーバから回答を受信する処理が、IoT関連技術に該当します。

【引用発明】
 物体に対して作用するロボット装置であって、
 物体を検知する少なくとも一種類のセンサと、
 当該センサの出力に基づいて物体に係る情報を得るための質問をサーバに送信する送信部と、
 前記質問に対する回答情報を前記サーバから受信する受信部と、
 受信した前記回答情報に基づいてロボット装置の作動を制御するプログラムを備えた制御部とを有し、
 前記回答情報は、前記サーバにより特定された物体の種類に関する情報である
ロボット装置。

(2)解説
 請求項1にかかる発明は、サーバが送信する回答情報の内容以外の構成は引用発明と同じです。

 一方、請求項1の「前記回答情報は、前記サーバにより特定された物体個々の属性情報及び固有識別情報を含む」に対して、引用発明は「前記回答情報は、前記サーバにより特定された物体の種類に関する情報である」と異なっていますが、回答情報は、ロボット装置ではないサーバが送信するものです。

 請求項にかかる発明は、ロボット装置とサーバからなるコンビネーションにおける、一方のサブコンビネーションであるロボット装置であり、他のサブコンビネーションであるサーバは請求項の構成から除外されています。

 審査ハンドブックによれば、請求項1の発明のロボット装置は、受信した前記回答情報に基づいて作動を制御するので、物体個々の属性情報及び固有識別情報に応じた動きをするのに対して、引用発明のロボット装置は、物体の種類に関する情報に応じた動きをするものであり、物体個々の属性情報及び固有識別情報に応じた動きは行わないので、よって、請求項1と引用発明は異なる発明であり、新規性を有するとしています。

 

3.進歩性に関する事例 事例3(商品管理方法)

(1)請求項と引用発明
【請求項1】
 サプライチェーンを管理するために、コンピュータによって実行される方法であって、
 製品に対する需要を受け取る工程と、
 当該製品の複数の供給源における稼働状況データを含む情報に基づいて、前記需要を満たすための少なくとも一つの第一の供給源を選択し、選択された供給源に対する供給の(製品の)仮予約を生成する工程と、
 当該供給源が当該予約を実施するために、当該製品の構成部品の調達が必要か否かを判定する工程と、
 前記調達が必要であると判定された場合には、当該調達を需要として、前記構成部品の複数の供給源から、それら供給源における稼働状況データを含む情報に基づいて、その需要を満たすための少なくとも一つの第二の供給源を選択し、選択された供給源に対する供給の(構成部品の)仮予約を生成する工程と、
 前記製品のすべての構成部品について、前記調達が必要でないと判定された(製品の仮予約のみ生成された場合)か、前記調達について供給の(構成部品の)仮予約が生成された場合には、それまでに生成された仮予約(製品の仮予約のみ生成されている場合は製品の仮予約、構成部品の仮予約も生成されている場合は製品及び構成備品の仮予約)を本予約に更新する工程と、を有する方法。

※括弧書きは、補足として追記 

 発明の概要
 請求項1は、製品に対する需要を受け取り、製品の供給源の稼働状況に基づいて、第一の供給源を選択し、製品の仮予約を生成します。
 さらに、製品の構成部品の調達が必要である場合、構成部品の供給源の稼働状況に基づいて第二の供給源を選択し、構成部品の仮予約を生成します。
 そして、製品の仮予約のみ生成された場合は、製品の仮予約を本予約に更新し、構成部品の仮予約も生成された場合は、製品及び構成部品の仮予約を本予約に更新する方法です。
 すなわち、製品の第一の供給源のみの確保で需要を満たす場合は製品の仮予約のみを行い、構成部品の第二の供給源も確保しなければ需要を満たさない場合は、製品に加えて構成部品の仮予約も行い、さらに、仮予約が完了してから本予約に更新することで、確実に製品(構成部品を含む)を調達できるようにする発明です。
 明確には記載されていませんが、メイン装置(サーバ)と、供給源(工場や納入業者)との稼働状況や仮予約、予約の送受信に、IoT関連技術に該当すると考えられます。

【引用発明1】
 製品の需給を管理するために、コンピュータによって実行される方法であって、
 製品に対する需要を受け取る工程と、
 当該製品の複数の供給源における稼働状況データを含む情報に基づいて、前記需要を満たすための供給源を選択する工程と前記需要が当該供給により満たされるか否かを判定する工程と、
 前記需要が満たされないと判定された場合には、当該製品の他の供給源から、それら供給源における稼働状況データを含む情報に基づいて、前記満たされない需要を満たすための供給源を選択し、
 前記需要が満たされたと判定された場合には、それまでに選択された供給源に対する供給の予約(製品の本予約)を生成する工程と、を有する方法。

※括弧書きは、補足として追記

【引用発明2】
 生産施設における部品在庫管理を支援するために、コンピュータによって実行される方法であって、
 製品に対する需要を受け取る工程と、
 当該製品の製造に必要な構成部品を特定する工程と、
 各構成部品について、前記需要を満たす在庫が存在しているか否かを判定する工程と、
 前記在庫が存在していないと判定された場合には、当該構成部品の複数の供給源における稼働状況データを含む情報に基づいて、前記需要を満たすための供給源の候補及び各供給源の供給能力情報を表示し、
 前記在庫が存在していると判定された場合には、当該在庫に関する情報を表示する工程と、を有する方法。

(2)解説
 請求項1と、引用発明1及び2との相違点は、以下の2点です。
(相違点1)
請求項1は、製品の構成部品の調達管理まで行っている
引用発明1は、製品の構成部品の調達管理は行っていない
引用発明2は、製品の構成部品の調達管理まで行っている

(相違点2)
請求項1は、 仮予約の生成及び本予約への更新を行っている
引用発明1は、 仮予約に関する記載がない
引用発明2は、 仮予約に関する記載がない
 そして、相違点1は進歩性が否定されるが、相違点2は進歩性が肯定されるので、全体として進歩性は肯定されると判断しています。

 以下、それぞれの相違点について解説します。

 相違点1について
 特許庁は、以下の内容で進歩性を否定しています。
 「引用発明1には、構成部品の調達管理については記載されていないが、より適切に製品の需給管理を行うために、構成部品の調達管理も合わせて行うことは、引用発明1に引用発明2を適用して、当業者が容易に想到し得たものである。」
 すなわち、引用発明2に記載されている構成部品の調達管理を、引用発明1に適用することで、請求項1との相違点1は進歩性がなくなると判断しています。

 相違点2について
 特許庁は、以下の内容で進歩性を肯定しています。
 「本願発明は、供給源に対する仮予約が生成され、その後、必要なすべての仮予約が生成された場合に、仮予約が本予約に更新される。これにより、多くの階層にわたる複雑なサプライチェーンにおいても、適時に供給の仮予約が生成され、本予約に更新されない仮予約の存在から、サプライチェーン上の供給不足の状態を把握することが可能である。この効果は、引用発明1及び2からは予測困難な有利な効果である。」
 すなわち、特許庁は、請求項1が、①一旦仮予約を行うことで、適時に(すぐに)供給の仮予約ができること、②仮予約が残ることで供給不足が把握できること、という有利な効果があり、進歩性が肯定されると判定しています。

 ※本予約に未だ更新されない間、仮予約により供給不足を把握することができるのは、「仮予約」ができる請求項1にしかない効果であり、引用発明1及び2に対して、有利な効果を有すると判断しています。

 

7.IoT関連技術に関する特許審査事例について(まとめ)

特許庁は、IoT関連発明について、以下の2点等を述べています。

  1. IoT関連技術の「モノ」と「データ」
    IoT関連技術を俯瞰すると、あらゆる「モノ」がネットワークに接続され、多数の「モノ」が発する大量の「データ」を取得し、ネットワークを介して収集・管理し、AI等により大量のデータを分析・学習し、新たな価値・サービスを見出す形でデータを利活用することになる。
  2. サブコンビネーション発明
    IoT関連技術は、通常、複数の装置や端末がネットワークで接続されたシステムで実現されるため、当該システムの一部がサブコンビネーションの発明として特許出願されることがある。その場合、IoT関連技術のサブコンビネーションの発明の新規性の判断は、他のサブコンビネーションの発明についての新規性の判断とかわらないと、説明されています。
     (なお、審査基準(第III部第2章新規性・進歩性の第4節 4.サブコンビネーションの発明を「他のサブコンビネーション」に関する事項を用いて特定しようとする記載がある場合)には、請求項に係る発明の認定の際には、請求項中に記載された「他のサブコンビネーション」に関する事項についても必ず検討対象とし、記載がないものと扱ってはならない。そのうえで、その事項が構造、機能等の観点からサブコンビネーションの発明の特定にどのような意味を有するかを把握して、請求項に係るサブコンビネーションの発明を認定する、と記載されています。)

 このようなIoT関連発明は、増加が見込まれます。しかし、特許庁は、「従来の審査基準の考え方は、現時点においても問題なく、IoT関連技術の発明についても適用されるべきものである」という考え方をしており、特にIoTに特化した審査基準の改定や追加は行われていません。

 そのため、IoTを利用した発明であっても、従来の装置や通信における発明の審査基準を踏襲して考えればよいと思います。一方で、発明のどの処理にIoT関連技術が使用されているかを、請求項の記載で明確にすることで、従来システムとの差別化ができ、新規性や進歩性を肯定する手助けになると考えます。

 

以上

作成 川瀬敦史